太陽がのぼり、沈む @落陽親父は数多くの昭和のアーチストたちを 今思うに、もう鬼籍に入られた人も多く。 あの時代に1970年からほぼ20年すこしのあいだに ルネッサンスのようにさまざま、有能な音楽家がでてきて 歌手もそうだし、歌もそうだし 「なんで、あのころは 湧き出てきたのか?」 たぶん、いまでも有能な若者は絶対にいる。砂丘の中の石ころのように 埋もれてる。 でも でてこないし。でてこれない。 音楽市場は、おそらく今の千倍以上の能力があったにちがいない。 なぜ、衰退したのか、なぜ、こうなったのか 今がだめだと、いうつもりはない。 昔はすごかった、なんて、じいさんの話だ。 が、あの時代は携帯やスマホはない。 その若者がいま費やすスマホ代がそっくり音楽市場などに 費やされていたのではと、思う。 須藤薫さん 須藤 薫(すどう かおる、1954年5月1日 - 2013年3月3日)は、東京出身の女性歌手である。ポップスシンガーとして活動した後、杉真理とのユニット「須藤薫&杉真理」を結成し、ライブ活動を中心に活動していた。 獨協大学経済学部経営学科(岡田ゼミ)卒業。大学在学中から歌手活動をはじめ、1979年、CBSソニーから「やさしい都会」(作詞:荒井由実、作曲:筒美京平)でデビュー[1]。 松任谷由実の1980年発表のアルバム「SURF&SNOW」にコーラスで参加し注目される。 1980年代はアメリカンポップスを中心に、大瀧詠一や杉真理などからの楽曲提供やプロデュースを受け、ポップスシンガーとして活動する。 特に1981年の「あなただけI LOVE YOU」(作詞・作曲:大瀧詠一)、1982年「涙のステップ」(テレビ朝日系ドラマ「かぼちゃ物語」)は代表曲である。 1982年から1983年にかけて松任谷由実、杉真理とのジョイントコンサート「Wondeful Moon」を開催。 須藤さんが亡くなる前に、 音楽活動を再スタートされ、神戸のチキンジョージで震えながら 何年かぶりのライブをやられ、これからだというときに この世を去った。実に悲しかった。 ぼくが学生のころ、1981年ごろか、大学のなんとか祭りによべれて こられました。 亡くなられて10年もたつとは、 ご冥福をお祈り申し上げます。